2010年・夏、マグナムトリオは、イギリス・マンチェスターで開催された、The British Flute Society 7th International Convention (8月19〜22日、会場:Royal Northern College of Music) にて招聘アーティストとしてリサイタルを行い、満員の会場で大好評を博し、急遽追加公演が行われるという、異例の対応も取られた。 以下、3人のコメントを交えて、イギリス・コンヴェンションを振り返った。



「イギリスに来るの、初めてなんです。
 赤いレンガの街並、独特の雰囲気があっていいですね。
 ここも周りを海に囲まれた国だからでしょうか、
 パリと比べると、イギリスの方が日本に近い印象を受けます」

そう語るのは、現在パリに留学中の梶原一紘氏。
東京藝術大学在学中に結成されたマグナムトリオの3人は、
神田勇哉氏もパリに留学中、リーダーの多久潤一朗氏は日本で活躍中と、
メンバーは離れた場所で生活をしている。(2010年8月現在)

「リハーサルができないことがネックでした」(神田)

3人が久しぶりに再会したのは、コンベンション開始の前日。
神田氏、梶原氏、伴奏の安田氏はパリから、 多久氏は8/15までアメリカ・
アナハイムで開催のNational Flute Convention 参加後、イギリスへ入った。

「これがマグナムトリオだ!と、圧倒するような
 パフォーマンスをしなければいけない、
 と考えていました」(多久)

そう語る多久氏はイギリスへ向かう飛行機の中でも、
楽譜と音源に手を加え、本番前日深夜まで作業を続けた。

マグナムトリオ独自の特殊奏法を
ふんだんに盛り込んだ新曲「EYEris Waves」。

日本的な音色を届けるため、尺八型頭部管「シャクルート」
を使用した新曲「SamuraiBlow」を旅の途中で書き上げてゆく。



「多久さんが送ってくれた楽譜と音源を元に、
 僕と梶原くん2人で練習しておき、
 本番前日に全員でリハーサルを行いました」(神田)

これは音楽的なことばかりではない。
マグナムトリオは、椅子に座って演奏するスタイルでなく、
3人は立ったまま演奏し、ステージに机を設置。
机の上に並べた様々な楽器を持ち替えながら、
時にはヘヴィメタルのギター奏者のように
身体を弓なりにしてフルートを吹いたり、
また時には縦横無尽にステージを(時には客席も)移動して
パフォーマンスを『観せる』。

「リサイタル中の曲間での英語のスピーチも準備しました。
 会場のお客様に伝わりやすいように、シンプルな言葉で」(多久)

 


万全の準備を整え、リサイタル本番。
「マグナムアラブ」で幕を開けると、
会場はすぐさま興奮に包まれた。

曲間にスピーチをしようと身振りで拍手を制止しても、
観客の興奮は収まらず、拍手と口笛とブラボーの賞賛を浴びた。
2曲目、3曲目と曲が進むごとに
会場は驚愕、感動、抱腹絶倒の坩堝と化した。

最後の「MON-JU」を着ぐるみ姿で演奏し終わると、
客席はスタンディング・オベーションで湧いた。
3人を何度もステージへ呼び戻し、アンコールを求めた。

何度目かのカーテンコールの後、終了時間となり、
3人が深々と礼をしてステージ終了を告げると、
客席から溜息が漏れた。

このパフォーマンスを観ていたトレヴァー・ワイ氏が、
多くの観客からのリクエストを受け、異例の追加公演を決定した。



マグナムトリオは4日間行われたコンベンションの間、
1曲だけのミニコンサートも含め、 合計4回のパフォーマンスを行った。

「急遽決まった追加公演は、我々の意欲を掻立てる一方で、
 同じ場所で同じ演目を見るお客様に対して申し訳なく、
 メンバーと真夜中までネタの変更を話し合いました」(神田)

そういった彼らの心遣いも、聴衆を引きつける魅力に繋がった。

エマヌエル・パユ氏のリサイタル直前に行った演奏では、
舞台袖で聴いていた彼から、
「ブラボー!ソロでも難しい曲をアンサンブルでやってしまうなんて!
 君たちの後だと、僕の演奏でお客さんが眠ってしまわないか心配だな」
と絶賛された。

「演奏前はお客さんの反応が心配でしたが、
 温かく迎えていただき、本当に嬉しかったです。
 韓国公演のときも感じましたが、海外では演奏後の反応が
 ダイレクトで分かりやすく、今回も確かな手応えがありました。
 イギリスのお客様にも喜んで頂けたのではないでしょうか」(梶原)

そればかりでなく、各国のプロモーターから出演オファーが殺到した。
イギリス、アメリカ、カナダ、北欧、香港、タイなど、
各国それぞれが主催するコンベンション等への招聘だ。
3人の都合がつけば、できるだけ応えていきたいという。



「ヨーロッパ、ユーラシア、アジア、アメリカなど世界中から国を代表するプレイヤーが一同に集まって代わるがわるコンサートを行ったのですが、その国ごとの個性の違いが本当に面白い!これこそ"オールスターゲーム"。ブラジル人による超絶タンギングのショーロ、ロシア人の美しく深く響き渡る音色、アメリカ人ビートボクシングフルート、そして世界一のオーケストラ首席の圧倒的な演奏。

想像し得ない夢のような時間があっという間に過ぎていきました。その中でも我々は日本人ならではの輝きを放てたと思います。古くから外来文化を自国の文化とミックスして独自のものにしてしまう事が得意な民族ですから、マグナムトリオはとても"日本的"なスタイルを取っていると言えるでしょう。演奏家のみで行われたレセプション会場では『日本のマグナムを聴いたか?素晴らしく、またクレイジーだ!(笑)』という話題が飛び交っていたようですが、海外オファーも沢山いただいた事ですしこれからもっと日本人の凄さをアピールすべく精一杯頑張っていきたいですね!」(多久)



「イギリスの音楽水準の高さに驚きました。ジェフリー・ギルバート氏に始まり、ウィリアム・ベネット氏やトレバー・ワイ氏によって確率された教育システムが、この素晴らしい環境を生み出したのかもしれません。
また、国際的なフルーティストが集うこのイベントに、実績も知名度も十分でないマグナムトリオをゲストとして招聘してくださったトレヴァー氏に頭が下がると同時に心から感謝しています。

今まで必死にやってきた事が偶々当たったのが、今回の成功であり、奇抜で斬新なパフォーマンスは、一時的な感動しか生みません。本当に人の心を動かす音楽が出来るよう、人生経験、広い視野、たゆまぬ努力が不可欠だと思います。この文章をご覧の皆様、これからも走り続けていくマグナムトリオにご期待ください!」(神田)


「刺激的な日々で、多くの一流フルーティストの演奏が聴けて幸せでした。
 今までフルートに抱いていた印象をも変えるほどハイレベルなコンベンションでした。常識を打ち破って道を開拓し続ける、一流プレイヤー達の絶え間ない努力に圧倒されました。

 沢山の印象的なリサイタルの中でも、やはりトレヴァー・ワイ氏の『ベニスの謝肉祭』が強烈でした。トレヴァー氏の人柄がそのままステージになっていました。アイディアの数々にも脱帽です!今後マグナムに取り入れていけたらと思います。特許料、いるかな?(笑)」(梶原)


期間中、3人が音楽大学内を歩いていると様々な人から
「楽しかったよ」と声をかけられた。
「どうやって特殊な音を出してるの?」 と、
積極的に声をかけてくるプレイヤーも多かった。

そして、コンベンション最終日、全ての演目が終了した後、
参加者達が大学内のバーに自然と集まってきた。
トレヴァー・ワイ氏はもちろんのこと、
ビートボックスで有名なアメリカのグレッグ・パティロも、
特殊奏法で知られるハンガリーのゲルギー・イッツシュの姿もあった。

ビールを飲みながら、情報交換をしたり、手やグラスで音を出したり、
バーが店じまいになるまで、フルーティストたちの交流は続いた。

取材/三響フルート製作所 本多由佳

多久潤一朗
福岡生まれ、埼玉育ちのフルーティスト、作曲家。無数のオリジナル奏法と自由な発想により、従来のコンサートのイメージを一新させるパフォーマンスを行う。現代音楽や民族音楽の要素をアレンジする事を得意とし、クラシックを土台にしつつもポップでキャッチーな作風はバラエティに富んでいる。埼玉県伊奈学園総合高校、東京藝術大学卒業。木ノ脇道元、金昌国、佐久間由美子、竹澤栄祐、各氏に師事。現代音楽団体 Ensemble Bois、Ensemble contemporary α、フルートカルテット NOZZLESのメンバー。日本クラシック音楽コンクール・フルート部門全国大会優勝。(三響フルート・セミハンドメイド950Ag使用)

神田勇哉
長野県松本市生まれ。東京藝術大学を首席で卒業後、同大学院在学中にパリ国立地方音楽院に留学。文化庁在外派遣芸術家研修員。フルート、EWIの演奏をこなす。アンサンブルOFトウキョウ、藝大フィルハーモニア、N響室内楽等と共演。学生音楽コンクール東京大会第2位、第14回全日本クラシック音楽コンクール全国大会優勝、第12回全日本フルートコンベンション優勝、フランス・パリ・ジュヌフルーティスト・コンクール優勝。(三響フルート・エチュード使用)


梶原一紘
大阪市出身。東京芸術大学附属音楽高等学校、同大学を卒業。現在はパリ郊外の国立クレテイユ音楽院にて、ジョルジュ・アリオルのもと勉強中。これまでに長山慶子、金昌国、荻原貴子、神田寛明、中野富雄、寺本義明、各氏に師事。(本番にて、三響=キグマシステム使用)